2019年11月号 ゆっ歩通信「間違い・正しい・悪いこと・良いこと」

「間違い・正しい・悪いこと・良いこと」

 フリースクールを運営していて18年。相談でよく出てくるフレーズでもあり人間の動く価値観の基準にもなりやすいこの言葉。
 大きくは法律・小さくは団体やグループ内での決め事・ルールというのは明確に「これは良い・これは悪い」を明記しているものです。でも多くの場合は明記されているルールがなく、個々の価値観(モラルも含む)における部分で存在していると思います。
「このほうがいいよね?」
「どうしたらいい?」
「○○したらいいよ」
 などなどよく出るものですが、分かっている人もいるでしょうが常に意識しないといけないことは、○○したらいいよ→良い結果になるだろうからしてみたら?であって結果が保証されているものではないわけです。


 タイトルに書いた「良い・悪い・正しい・間違い」は実際には事後でしか分からないものであって「良かった・悪かった・正しかった・間違いだった」でしかないのです。
ルール・法律は悪かった・間違ったとしますという結果明記ではありますが人間関係などではそれが顕著であり、良かれ・正論だけでの実行、が人を傷つける、良いも悪いも無い何気ない言動が人を傷つけるなんてこともおこります。
 つまり、モラル・人間関係などでは良い(結果になると思って)として実施したことが結果としては悪かったということもいくらでも存在します。
 だから・・・・私は相談でアドバイスをするときでも必ず「一意見・一感想」として伝えているだけで決めるのは自分で決めて実行することを意識して欲しいと考えています。
「○○の方がいいよね?」は「予言者じゃないからわからない」です。そして「○ ○ の結果の可能性・○ ○ の結果の可能性・・・・」とそのとき浮かぶ結果の可能性を出来る限り伝えていこうと思います。

 したがって、良い・正しい(と思うこと)を前面に出してすることが、必ずしもそうならないことを意識し、「正しいからする」のではなく、「正しい結果になると思うから_ やろう_」と思って実行していただきたいと考えます。人の意見をそのまま考えずに実行、は減らしたいところです。
 保護者の方も本人に最終的には「やろう」自分で決めさせていくことをさせていってほしいと思います。(本人が幼いほど親のアドバイスは命令的に聞いてしまう場合があります)
 決めたことの実施→どんな結果でも自分で決めたことであれば享受する確率が高く、すると次への実行材料にすることができればいいのです。

 また、人間関係においては特に言動の実行材料に自分の価値観に固執するのではなく相手との関係性・タイミング・相手の調子などなど様々な材料を常に意識していくことが大事で、関わることがある度に自分への評価や感情が変動することを意識し、自分の意識や価値観どおりに相手は変わるわけではないということも常に意識していきましょう。
 少なくとも成人して以後は自分の人生は「自分で決める、それを実施し、結果を享受し、次への実行材料にする」サイクルが必要です。                  (南山 勝宣)

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